コラム・インタビュー

関係の網目を見失わないために/歴史や哲学の領域からCOVID-19を考える

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2020年4月28日

関係の網目を見失わないために

ハヤチネンダの設立の目的は、このように語られています。

「近代以降、私たちを包み守っていた共同体や自然は既になく、バラバラの個人となった私たちが、それでもなお、新たな自然や人や歴史との関係を紡ぎ直し、生き生きとした生の内実の先に死を受け入れられる物語を再構築すること。」

自然や共同体から切り離され、消費社会に漂うバラバラの個人になった「わたし」にとって、自然や社会や人々とのつながりは実感の薄いものになっています。

皮肉なことに、COVID-19の世界的で急速な拡大は、「わたし」が精妙に編み上げられた生態系や、解きようのない社会の網目の中で生きていることを炙り出しました。
それは、見えない関係を可視化するリフレクションのようなものかもしれません。

ウィルスを過剰に敵対視するのではなく、戦争モードになるのでもなく、もっと多角的にこの災禍を捉えることで、見出された関係の網目を見失わずに済むのではないか、そんな気がします。

感染症や疫学と言った専門的な知見から離れて、歴史学や哲学などの領域からこの事態を捉えたらどのような景色に見えるのでしょう。
ここでは、史上最年少でボン大学の教授に就任した哲学者のマルクス ガブリエルさんや、動的平衡の概念で知られる生物学者の福岡伸一さん、イスラエルの歴史学者 ユヴァル ノア ハラリさん、そして日本の哲学者 内山節さんらが寄稿したコラムやインタビューをご紹介したいと思います。

1.「自然のひとつ」としてみる

コロナは多く、私たちの健康や時に生死と関連づけて語られますが、生物としての人類や進化論といった俯瞰した視点ではどのように見えるでしょうか。
福岡伸一氏は、コロナ禍について寄稿したコラムで次のように述べています。

おそらくウイルスこそが進化を加速してくれるからだ。親から子に遺伝する情報は垂直方向にしか伝わらない。しかしウイルスのような存在があれば、情報は水平方向に、場合によっては種を超えてさえ伝達しうる。
それゆえにウイルスという存在が進化のプロセスで温存されたのだ。おそら宿主に全く気づかれることなく、行き来を繰り返し、さまようウイルスは数多く存在していることだろう。
その運動はときに宿主に病気をもたらし、死をもたらすこともありうる。しかし、それにもまして遺伝情報の水平移動は生命系全体の利他的なツールとして、情報の交換と包摂に役立っていった。

また、内山節氏も

それでもなお考え方としては、ウィルスもまた生き物であり、ときに有害な働きをするが、ある種のウィルスは人間の生命世界を支える役割も果たす、という視線はもっていなければならないだろう。

と語っています。
こうした考え方を持つことで、コロナを敵対視するのではなく「共存」するための展望が拓かれるように思えます。

2.コロナの向こうに広がる問題をみる

コロナウイルスは、利潤欲求によって数えきれないほどの生き物を殺してきた人間の奢りに対する、この惑星の免疫反応なのだろうか?

といささか刺激的な論考を寄せたマルクス ガブリエル氏は、次のような指摘をしています。

もし、毎年20万人以上の子供が、きれいな水へのアクセスがないために、ウイルス性の下痢で命を落としているとウイルス学者が言う場合には、いったい誰が学者たちの主張に耳を傾けているだろうか?なぜ誰も興味をもたないのだろうか?

忘れてはならないのが、気候危機である。それはあらゆるウイルスよりもずっと酷い。なぜなら、気候危機は人間のゆっくりとした自己絶滅の結果だからだ。人間の自己絶滅はコロナによって、わずかのあいだ食い止められている。コロナ以前の世界秩序は、普通ではなく、致死的なものであった。なぜ、交通システムを変えるために、同じ数百万ユーロという金額を投資できないのだろうか?なぜ意味のない会議を、経済界の重鎮がプライベートジェットを飛ばす代わりに、オンラインで執り行うことができるようにするために、デジタル化の技術を使えないのか? 知と技術によって近代のあらゆる問題を解決することができるという迷信に比べれば、コロナウイルスは無害であるということに、いつになったら私たちは気がつくのだろうか?

と投げかけた思考は次のように結ばれます。

私たちは今も、そしてこれからも、地球上で生きる生物である。私たちは、死すべき存在であり、弱いままである。だから、私たちは形而上学的なパンデミーの地球市民・世界市民になろう。

3.そして「コモン」の再生へ

マルクス ガブリエル氏のメッセージは、ユヴァル ノア ハラリ氏がインタビューの中で述べた言葉と響きあっています。

我々にとって最大の敵はウイルスではない。敵は心の中にある悪魔です。憎しみ、強欲さ、無知。この悪魔に心を乗っ取られると、人々は互いを憎み合い、感染をめぐって外国人や少数者を非難し始める。これを機に金もうけを狙うビジネスがはびこり、無知によってばかげた陰謀論を信じるようになる。これらが最大の危険です。
我々はそれを防ぐことができます。この危機のさなか、憎しみより連帯を示すのです。強欲に金もうけをするのではなく、寛大に人を助ける。

そして、それは内山節氏のコラムとも強く共振しています。

二十世紀後半に入ると、私たちの社会は自然と共生、共存することの重要性を学ぶようになった。(中略)
だが、その自然はときに大きな災厄をもたらす。(中略)
そしてそういう問題が発生すると、私たちの社会はたちまち『不都合な自然』におびえ、それと対決しようとする。(中略)
もちろん感染の拡大をとめる努力は必要だ。(中略)
だが、それでもなお考え方としては、ウィルスもまた生き物であり、ときに有害な働きをするが、ある種のウィルスは人間の生命世界を支える役割も果たす、という視線はもっていなければならないだろう。
自然の生き物であるのなら、私たちの課題はウィルスと『戦争』をすることではなく、ウィルスと共存する方法をみつけだすことのはずなのである。(中略)
すべての人々が他者に思いを寄せながら行動を制御し、ときに安心して療養し、そしてそれぞれの営みを支え合う。そういう社会ができていかなければ、私たちはウィルスの感染拡大を前にして、共存どころか、追い詰められるばかりである。
自然との共生が、私たちの社会のあり方を見直す言葉であるように、コロナウィルスと共存する他なくなった現実もまた、この社会の在り方を問うている。

目下のパンデミックをテーマにした「現代思想」の緊急特集の中で、水嶋一憲氏は、コロナウィルスが「コモン」に対する脅威であると同時に、そうした脆弱性を明らかにすることで「コモン」の「ケア」の必要性を浮き彫りにしていると述べ、

現在の破局的事態を惹起した従来の『常態(ノーマル)への回帰』や、もっと大きな次の破局的事態を招来することになるのは必至の『新常態(ニュー・ノーマル)への帰還』を目指すのか、それともまた、両者を拒否して(中略) 『共にある生(ライフ・イン・コモン)』へと押し広げて行くことを目指すのか。『隔離』状態を前にした私たちは大きな選択を迫られている。

と投げかけています。水嶋氏の言う「常態(ノーマル)への回帰」は、「資本主義の不平等や緊縮財政、エコロジー的危機等」を生み出したものと解説されていて、先の3人の識者と共通した問題意識をみることができます。

ハヤチネンダもまた、来るべき「コモン」へのヴィジョンに共鳴するものです。どんなにささやかでも、どんなに拙くても、私たちが求め続けることでしか、手にすることのできないものであることだけは確かだと思えます。

文:宮田生美/ハヤチネンダ


※ここにあげた論考は以下から引用しています。

◾️マルクス ガブリエル氏(哲学者・ボン大学教授)
コロナ危機 精神の毒にワクチンを/集英社新書プラス
https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/news/8624

◾️福岡伸一氏(生物学者)
「ウイルスは撲滅できない」福岡伸一さんが語る動的平衡/2020年4月6日付 朝日新聞デジタル
https://www.google.co.jp/amp/s/www.asahi.com/amp/articles/ASN433CSLN3VUCVL033.html

◾️ユヴァル ノア ハラリ氏(歴史学者)
コロナ危機、ハラリ氏の視座 「敵は心の中の悪魔」/2020年4月15日付 朝日新聞デジタル
https://digital.asahi.com/sp/articles/ASN4G76G1N4BUHBI02X.html?ref=hiru_mail_topix1

◾️内山節氏
「他者に思いを寄せながら」/2020年4月19日付東京新聞 コラム「時代を読む」

◾️水嶋一憲氏
『現代思想』2020年5月号 
緊急特集=感染/パンデミック -新型コロナウイルスから考える-
【パンデミックの/と思想】に寄せたコラム「コモン/ウイルス」

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