私たちの立つところ

私たちの立つところ

「わたし」の「いのち」について

「いのち」はどこにあるのでしょうか。
「わたし」の身体のなかにあるのでしょうか。
「いのち」は「わたし」のものなのでしょうか。

「いのち」が終わるとき「わたし」の全ては終わってしまうのでしょうか。 

むかしの日本人は「いのち」をそんな風には捉えていなかったようです。 柳田國男によると、亡くなった人の魂は近くの山に還り、祖霊となって里の人々を守ると考えられていた、といいます。今ここにある「いのち」は仮のもので、亡くなれば大元にある大きな「いのち」の流れに還ってゆく、そして魂は浄化される、そのように捉えていました。

「いのち」の還る場所

「あの山へ還る」
多くの日本人は、そんな風に山や森や川を眺め、ひと連なりの「いのち」の在り処を感じることができたのではないでしょうか。そのような大元にある「いのち」の流れこそが自然であり、神さまでした。 

八百万の神というよく知られた言葉の通り、草にも木にも石にも「いのち」はあり、そういう意味では人の「いのち」に特別な地位は与えられてはいませんでした。 

そのように「いのち」を実感できたのは、身体を包む自然が身近にあり、自然や人々との関係の中で生かされている「いのち」への納得があったからではないでしょうか。
周囲には、過去から受け継がれ、大切にされてきたものがあり、それは未来に受け渡すに足る価値のあるものでした。
人は、当たり前のようにその大切なものを守るために生きました。
「わたし」の「いのち」は、山や、森や、田や、生き物や、大切な人との関わりや、そこここに居場所を見つけることができました。

大きな「いのち」の流れの中で

今、「いのち」は「わたし」の、「わたし」だけの、孤独なものになってしまいました。

資本主義の速度は早く、目の前の風景は目まぐるしく変わってゆきます。
受け継がれ、受け継いでゆくべきものが、私たちの手からこぼれ落ちてゆきました。

やがて私たちは「消費者」という括弧にくくられ、人やものとの関係は不可視なものとなりました。
自然や共同体や様々なつながりから分断され、消費社会に漂うバラバラな個人になってゆくなかで、「いのち」は在り処を失ってしまいました。

実際には、生態系が何億年もかけて編み上げた精巧なネットワークのなかに生きているにもかかわらず。
他者と共に生きる存在であるにもかかわらず。

もし、かつてのように大きな「いのち」の流れの中で生きる感覚を取り戻せたら、私たちの「生」は随分と違ったものになるのではないか。

終点を起点にして、今をみてみたら?
死から今を逆照射することによって、生きることの内実が豊かに実ってくるのではないか?

そして、気づくことができたら幸いなのです。
終点は終わりではなく、大きな流れの中のひとつの結び目にすぎないことに。

そのためには、資本主義の速度に侵されず、変わらず受け継いでゆくことに自分の役割を見出せる場が必要でした。

「いのち」の在り処を取り戻す旅へ

ハヤチネンダは、その名の通り、遠く早池峰を望む遠野の地に、その場を見い出しました。
いえ、少し飛躍していえば、この地に呼ばれたといえるかもしれません。

森の中を歩き、たたずみ、たとえば秋、一陣の風に舞う紅葉に身体丸ごと包まれるとき、「わたし」は「わたし」を忘れる瞬間がある。それは自然と結ばれた瞬間であるとも、神さまを感じる瞬間であるとも言えるかもしれません。

自然に共感する力が、今日的な社会の諸問題に接続するとき、私たちは失われた「いのち」の在り処を取り戻す扉に手をかけるのです。

扉の向こうにどんな風景が広がっているのか、どんな物語を紡ぎ出すことができるのか。
私たちは、共に物語を紡ぐ輩を募り、困難には違いないけれども、清々しく楽しい旅をはじめようと思います。

2020年4月吉日
一般財団法人 ハヤチネンダ 設立メンバー 一同

*「ハヤチネンダのはじまり」もごらんください

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